Column

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Border Line Project を生んだ衣装
〜オディシャのイカットをめぐる物語

2021年夏、東京芸術劇場の舞台の上で、世界に光をもたらす新たな女神が誕生する。その女神の誕生シーンを彩る神々の衣装は、インド東部に位置するオディシャ州の伝統織物「イカット(ikat)」を素材に、東京の文化服装学院の学生だった若者たちによってデザインされたものだ。

この衣装には日印の織物を通じた文化交流という以上に、Border Line Projectにとって大きな意味がある。Border Line Projectは、この衣装と共に具体化していったプロジェクトといっても過言ではないのだ。

「オリッサ ・オディッシー」展でのイカットとの出会い

話は10年ほどさかのぼる。2010年に世田谷文化生活情報センター 生活工房で「オリッサ・オディッシー 東インドの踊りと暮らし展」が開催された。オディッシー・ダンスとその衣装に用いられる生地やアクセサリーなどの伝統工芸品、生活雑貨や食などを通して東インド・オリッサ (オディシャ)州の文化を伝える日本では画期的な展覧会だった。

小野雅子やBorder Line Projectの企画・プロデュースを手がける小山奈々子など、この展覧会の中心メンバーが今回のBorder Line Projectにも多数関わっている。ある意味では、2010年の展覧会がBorder Line Projectの出発点でもあったのだ。

オディシャでは、一つの工芸品の生産に特化した村々があり、そこでは村人=職人たちが分業で驚くほどのクオリティの工芸品を生み出している。展覧会の企画のために、こうした工芸品を作っている村の現地取材が敢行された。そのときに取材した村の一つが織物の村・マニアバンダだった。

糸を紡ぐことにはじまり、デザイン、染め方、機織りまで、イカットが出来上がるまでのそれぞれの工程を担う職人たちの手仕事に取材陣一同感銘を受けた。

【映像】伝統織物・イカット作りの職人仕事 (オディシャ州マニアバンダ)

その一方で、インド全土でサリーが着用される機会が減っており、村の機織機が余っている状況を目の当たりにし、伝統技術の継承の難しさを知ることとなった。

イカットは通常、サリーやオディシーダンスの衣装として着用される。そのため、暮らしや宗教にまつわる模様や絵柄が施されていることが多い。その柄の美しくキッチュなデザインは、日本人など外部の者の目にはとても新鮮にもうつる。

展覧会では、伝統工芸を紹介するだけでなく、新しいサリー活用のアイデアを探るべく、イカットや他のオディシャの素材を日本の若手アーティストらに渡し、オブジェなどの作品制作にもチャレンジした。

オディシャ・ビエンナーレと伝統工芸のリデザイン

2012年には、小野雅子が中心となった国際的なパフォーマンスアートを中心としたフェスティバル「オディッシャ・ビエンナーレ」がインド・オディシャ州でスタートした。このフェスティバルの特異な点は、ダンスなどのパフォーマンスアートのフェスティバルでありながら、地元の職人やアーティスト、伝統工芸にも目を向けられないかという問題意識を当初から明確にもっていたことだ。

その頃から、小野雅子と小山奈々子はオディシャの工芸品のリデザインについて考えるようになっていた。新しいデザインで伝統技術にふたたび息を吹き込むことができれば、新たな雇用を現地で生むこともできる。そのような考えから、5000年以上前のインダス文明まで起源をさかのぼることができる鋳物製法である「ドクラ(dhokla)」や「ゴールデングラス(golden grass)」というイネ科の植物を編んだ工芸品などのリデザインにも着手した。

しかし、イカットについては、その活かし方がどうしても見つけられずにいた。オディッシーダンスをいかに古典芸能の枠を外して多くの人に届けるかというダンサー・小野雅子の課題とイカットの課題は不思議とリンクしていた。

ファッションがイカットに新たな魂を吹き込む

転機が訪れたのは、それから5年ほど経った頃だった。2017年のオディシャ・ビエンナーレのテーマが「Body±Cloth=」となり、ファッションをフィーチャーすることになった。

パリ在住の日本人ファッションアーティストが参加することも決まり、ファッションショーを取り入れたパフォーマンスもおこなわれた。それまで工芸品を扱うプログラムとパフォーマンスという、それまで(ビエンナーレのプログラムとしては)別物として考えられていたものが、ファッションショーという形で融合することになったのだ。これは大きなブレイクスルーだった。

実はオディシャ・ビエンナーレでのファッションショーが実現する以前から、イカットとファッションとの掛け合わせによる可能性を探るべく、ある企画が進行していた。それは日本が世界に誇るファッションの専門教育機関・文化服装学院の目玉イベント「文化祭」のファッションショーにイカットを使った衣装を登場させることだった。

数年にわたる準備を経て、2018年、ついにそれは実現した。文化祭ファッションショーは、デザイン・縫製はもちろん、ショーの構成、演出、モデル、ヘアメイク、映像、音響、照明、舞台など、ショーに関わるすべてを有志の学生たちが作りあげるもので、クオリティの高さから毎年約2万人がそのショーを観覧する。それだけに、ショーに関わる学生たちのモチベーションは並々ならぬものがある。

毎年10シリーズほどのデザインテーマがステージの上で発表されるのだが、2018年のファッションショーのテーマの一つにオディシャのイカットも使われることになった。小野雅子が主宰するインドのムドラー・ファンデーションがイカットのサリー20枚を提供し、文化服装学院の学生たちによる衣装制作が晴れてスタートした。


学生たちによる制作がはじまると、外部の人間は創作に口出しすることはできない。期待と不安の入り混じるなかで、11月のファッションショー当日を迎えた。

インドの神々というコンセプトのもと、学生たちによって創作された衣装は、ファッションショーのオープニングを飾る第1シーン「えん」にて華々しく披露された。モデルたちがまとうイカットをあしらった衣装は、想像を超える完成度だった。学生たちが創造した女神たちは、それはそれは華やかでポップで色気があった。あの古典的で少々野暮ったく見えたイカットに新しい魂が宿っていた。

【映像】2018年文化祭ファッションショー (1'25〜4'30までが該当シーン「えん」)

インドへの凱旋、そして東京公演へ

文化祭ファッションショーで創作された衣装は、その翌年には海を渡り、イカットの生まれ故郷であるオディシャでのパフォーマンスでふたたび観衆の前に登場し、喝采を浴びた。オディシャ ・ビエンナーレ2019の演目として披露されたダンスとファッションショー、さらには歌唱・演奏やプロジェクションマッピングが融合したそのパフォーマンスは、「Border Line」と名付けられた。

このパフォーマンスは、テーマはもちろん、パフォーマンスの出演者たちも、ブラジルのプロダンサー、ゴールデングラスの職人の少女など、国籍・性別・プロアマの入り混じった編成で、その意味でも境界線=Border Lineを超えたものとなった。


【映像】Border Line (in INDIA)

そこでのトライアルを糧に、今回新たに創作される舞台が「Border Line in TOKYO」である。インドの職人の手仕事と、東京・文化服装学院の若手デザイナーのアイデアが融合した衣装、そして今回新たにデザインされるイカットを用いた衣装(学生ではなくプロのファッションデザイナーの手による)、さまざまなバックボーンをもつダンサーたちの身体や演出効果が加わることで、2018年の東京、そして2019年のインドに舞い降りた神々が、さらなる進化を遂げて東京の地に再結集する。

2021年7月、東京芸術劇場で開催される一日限りの神々の祝宴「Border Line in TOKYO」に乞うご期待。